2024年 第12回 東アジアと同時代日本語文学フォーラム 次世代フォーラム発表者の募集
「ケア」とは、依存的な存在である成人または子どもの身体的かつ感情的な要求を、それが担われ、遂行される規範的・経済的・社会的枠組のもとにおいて、満たすことに関わる行為と関係のことである。何らかの助けを求めている者と助けに応えようとする者がいる場合、そこにはケアの関係がとり結ばれる。こうした関係が個人を自律的な主体として想定する近現代社会に対して批判的な視座をもたらすこととなる。
また、我々は身体的かつ感情的な要求に対してセルフケアを行うことによって、不随意な自己をうまく調整し、生存し続けている。そのような場合、生政治的統制としてケアが想定され、セルフケアはそれに対する抵抗の意味を担う。セルフケアは、他者や権力からのコントロールに抗うことも含意する。このように、ケアは相互扶助の思想としてだけでなく、個人のアイデンティティをめぐる問題にも接続可能である。
さらに近年、グローバル化と地球環境の危機を見据えながら、ケアする個人/される個人という一元的な関係ではなく、政策や経済、公共空間、国際関係など、複数の焦点を有する相互依存(interdependence)の政治として議論する展開も注目されている。ケアを個人間、あるいは個人内のものと捉える視座自体が見直され始めているだろう。
これまで、人文学においては、他者への応答を重視した「ケアの倫理」が考案され、議論されてきた。ケアの倫理においては、ジェンダー平等の観点からケアを公平なものとしていこうとする発想が重視されてきた。また、身体や感情が権力の対象となる近現代社会においては、ケアを生政治の力学が集中的に現れる場と考え、そうした権力への抵抗の方法を探ろうとする論者もいる。ケアは倫理的な問題であり、制度的な問題でもあるのだ。また、犬をめぐって「伴侶種」という言葉が使用されたように、アニマル・スタディーズには動物と人間の関係をケアとして捉える視座も共有されつつある。
日本語文学や日本文化においては、90年代以降、女性の表現者が以前にも増して重要な役割を果たすようになり、老いや介護を題材とした作品が話題になることも増えていった。また研究者らは、そうした状況と伴走するように、ケアをとり上げてきた。ただし、近年の議論を踏まえると、ケアという言葉で考えられる問題はさらに多岐にわたる。たとえば、グローバルな相互依存のケアの政治を考える際に、植民地におけるケア労働や、傷痍軍人、性暴力の問題、もしくは現代日本における外国人ケアラー、難民、移民、強制収容など、ケアにまつわる政治的次元の問題を可視化する事例が無数にある。このように、ケアを問題化することは、現代の統治機構と個人との関係がいかに形作られ、またそれがどのように機能しているかを暴き出そうとする企てとなる。そしてそれは、過去の近代日本語文学・文化の領域をケアの視点から再検討するきっかけともなるはずだ。
以上を踏まえ、第12回の次世代フォーラムでは、障害者福祉や老人介護だけでなく、さまざまな表象をケアという観点から再検討する発表を募集する。ケアとセルフケアに関する思考が、日本語文学・日本文化の研究に新しい展開をもたらすことを期待したい。
『跨境 日本語文学研究』投稿者の募集
『跨境 日本語文学研究』では、研究論文、研究資料の原稿を募集しております。詳細な投稿規定や原稿の様式、査読の規定などにつきましては、当フォーラム公式HPをご参照下さい。また投稿の際も、下記の論文投稿フォームをご使用下さい。
第12回 東アジアと同時代日本語文学次世代フォーラム ・特集趣旨文
ケアとセルフケアの制度と倫理──自己・身体・感情
東アジアと同時代日本語文学フォーラムでは、2024年度次世代フォーラムの発表者を募集します。日程と会場は以下のとおりです。なお、大学院生以外が発表する「本大会」の募集は、今回はありません。またフォーラムはオンラインで開催します。